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教育にひそむジェンダー 学校・家庭・メディアが「らしさ」を強いる | 中野 円佳
¥946
筑摩書房 2024年 ちくま新書 ソフトカバー 208ページ 新書判 - 内容紹介 - 大人は何ができるのか? 「与えられる性差」の悪影響と、起きている前向きな変化。 理想(多様性奨励)と現実(根強いバイアス)のギャップが大きすぎる! 学校・家庭・メディアで与えられる「らしさ」の何が問題か。 赤ちゃんから幼児、小学生、中高生、大学生まで、育児や教育を通して子どもたちに与えられるジェンダーイメージについて、教育社会学の知見や著者自身の子育て経験を踏まえて検証・考察する。 母性愛神話、マイクロアグレッション、性教育、別学か共学か、性的同意、女性の透明化・商品化……語りにくいが大事な問いに正面から挑む。 目次 はじめに 第1章 赤ちゃんから刷り込まれるジェンダー ―― おもちゃの好みは遺伝か環境か? 赤ちゃんのときから刷り込まれるバイアス/3歳ごろからの性自認と幼稚園の役割/性自認と遊びの中の役割/ジェンダー規範の「内面化」/なぜバイアスを持つのか/バイアスを持つことは悪いことか?/根拠がなくても実現してしまう/変わるバービー人形/変えていくための動き/幼少期に覚える家庭での役割/つくられた「母性愛」/家庭での役割/高度な家事をやめるのも手 第2章 小学生が闘うジェンダー ―― 理想と現実のギャップ シンデレラ願望/変わるプリンセス像/かわいくて、強くてもいい/マイクロアグレッションと『リトル・マーメイド』の実写版/娘に読ませたいプリンセスもの/子ども向け番組の偏り/性的な描かれ方/公的な場で見えてしまうことが問題/ゾーニングという解決策/大人の「期待」を読み取る子どもたち/ピンクのランドセルを選ぶ男の子/青い目、茶色い目/性犯罪防止に何ができるか/日本版DBS導入へ/性教育 第3章 中高生の直面するジェンダー ―― 思春期特有のジレンマ 「サッカー部」にいる女の子はマネージャー?/男女の体格差/ジェンダー・フリー/「隠れたカリキュラム」の是正/なお残る「役割」のジェンダー/「校長」は男性?/ディスカレッジされる女の子/女子の理系選択/女子校・男子校の意義はあるか/別学のメリット/多様性は居心地が良くない/共学の定員は1対1である必要があるか/性教育は共学でも不十分/性的同意/「教えてほしかった」 第4章 大学のゆがんだジェンダー ―― 差別とセクハラの温床なのか? 医学部女性減点問題の衝撃/女子枠は逆差別か/女子枠はスティグマになる?/他のマイノリティ性への配慮/東大女性2割の原因/女性への〝言葉の逆風?/親の教育期待差/娘に投資しない/実家から離れない/浪人を避ける/女性はリスクを回避する?/成功不安?/差異か平等か/なぜ大学や企業に多様性が必要なのか/社会の設計を誰がするのか/女性の透明化・商品化がはびこるキャンパス/偏差値の高さと女性への目線/DEIについての教養/声をあげる大学生たち おわりに 参照文献 - 著者プロフィール - 中野 円佳 (ナカノ マドカ) (本文) 1984年東京都生まれ。東京大学教育学部卒業後、日本経済新聞社入社。大企業の財務や経営、厚生労働政策を取材。育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科入学。同研究科に提出の修士論文を基に、2014年『「育休世代」のジレンマ――女性活用はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)を出版。15年よりフリージャーナリスト、23年東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。現在、東京大学多様性包摂共創センターDEI共創推進戦略室准教授。キッズライン報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞、第2回調査報道大賞デジタル部門優秀賞受賞。他の著書に『上司の「いじり」が許せない』(講談社現代新書)、『なぜ共働きも専業もしんどいのか――主婦がいないと回らない構造』(PHP新書)、『教育大国シンガポール――日本は何を学べるか』(光文社新書)など。
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自分につながるアート 美しいってなぜ感じるのかな? | 池上 英洋
¥1,320
筑摩書房 2024年 ちくまQブックス ソフトカバー 96ページ 四六変形判 - 内容紹介 - 学校には「美術」の授業があるけれど、他の科目と違ってどう関わったらいいかがわからない。しかし例えば人間は太古から今もなお、絵を創作し、「美しさ」を追求してきた。「美術」とか「美しさ」って何だろう? アートを切り口に人間らしさとは何かを考えてみよう。 === ・・・・・・一冊のノートや一本のペン、一着のシャツを選ぶだけでも、私たちは頭の中にある「これが自分にとって美しい」と思える基準に照らして判断を下します。選択の自由さえあれば、すべての人がこのような行動を取ります。それだけ、人間は「美しいかどうか」を重視する生きものと言えます。そして面白いことに、地球上に住んでいる無数の種類の動物のなかで、そのようなことをする生きものは人間だけなのです。考えてみると、これはとても不思議なことです。 私たちはなぜ「美」にそれだけこだわるのでしょう。そのような美を追い求めるために、人類は長い歴史のあいだ、ずっと絵を描き続けてきました。なぜ人間だけが、そのようなアートを必要とするのでしょう。──ではこれから、皆さんと一緒に人類だけがもつこの不思議な価値観について考えていきましょう。それはひいては、人間ってなんだろう、私たちは他の動物とどこが違うのだろう、といった考察へと繋がっていくはずです。(はじめにより) 目次 第1章 人間とアートは切っても切り離せない?! 第2章 アートはどのように生まれたか? 第3章 アートが“働く”とは? 第4章 アートが面白いってどういうこと? - 著者プロフィール - 池上 英洋 (イケガミ ヒデヒロ) (本文) 1967年、広島県生まれ。東京藝術大学卒業、同大学院修士課程修了。現在、東京造形大学教授。専門はイタリア・ルネサンスを中心とする西洋美術史・文化史。『レオナルド・ダ・ヴィンチ――生涯と芸術のすべて』(筑摩書房)で第4回フォスコ・マライーニ賞を受賞。『西洋美術史入門』(プリマー新書)、『西洋美術史入門〈実践編〉』(プリマー新書)、『パリ 華の都の物語』(ちくま新書)など著書多数。
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SNS時代のメディアリテラシー ウソとホントは見分けられる? | 山脇 岳志
¥1,320
筑摩書房 2024年 ちくまQブックス ソフトカバー 128ページ 四六変形判 - 内容紹介 - ニュース、SNSの投稿、動画からAIまで。情報にあふれた現代で、デマに流されず信頼できるものを選びとり、自分の世界を広げるためにはどうしたらいい? よく考え、ちゃんと対話するための道具として情報を使いこなす、あたらしいメディアリテラシーの教科書。 === ●気がつけばネットばかり見ていた! 気を付けることは? ●誤情報はSNSよりも直接の会話で広まる? ●新聞記者はどうやって事実確認をしている? ●人間のバイアスにはどんなものがある? ●すべての情報は切り取られている…… 演習も交えつつ、メディアリテラシーの必須知識を網羅。子どもから大人まで役に立つ、学校の先生にもおすすめの本です。 === (・・・)総じて言えばアメリカ人全体で、マスメディアを信頼している人は3割程度にまで下がってしまっています。 私はアメリカのそうした姿をみて衝撃を受け、メディアとは何か、どういう問題がありどういう役割を果たすべきなのかについて、真剣に考えるようになりました。そして日本に戻ってきたときに、人々のメディア接触と価値観との関係を客観的に調べるための世論調査や、メディアに関する教育に携わりたいと思い、現在のスマートニュース メディア研究所に転職しました。 問題意識の根っこには、日本がアメリカのような分断社会になってほしくないという思いがあります。一人一人がマスメディアやソーシャルメディアの仕組み、それと人間の心理や社会との関係についての理解を深め、物事を多様な視点でみていくことが、暮らしやすい社会に結びつくと思うからです。 この本では、第4章まで、1つの章ごとにポイントを示します。そして最終章である第5章では、そのポイントに通底する「クリティカルシンキング」について解説し、「メディアや情報と上手につきあって自分の人生に活かせる人になること」、つまりメディアリテラシーを身につけてもらうことを目指したいと思います。(「はじめに」より) 目次 はじめに 情報におぼれてしまう? 第1章 友達のウワサ、聞いたらどうする? 第2章 事実はどうしたらわかる? 第3章 ニュースの見出しをつけてみよう 第4章 テクノロジーと人間のクセを理解しよう 第5章 クリティカルシンキングを身につけよう - 著者プロフィール - 山脇 岳志 (ヤマワキ タケシ) (本文) 1964年、兵庫県生まれ。京都大学法学部卒。1986年、朝日新聞社に入社。経済部記者、オックスフォード大客員研究員(Reuter Fellow)、ワシントン特派員、論説委員などを経て、「GLOBE」の創刊に携わり、編集長を務めた。2013年-17年までアメリカ総局長。帰国後、編集委員としてコラムを担当したのち退社。2020年、スマートニュース メディア研究所の研究主幹に就任。2022年より同研究所所長。2021-24年、京都大学経営管理大学院特命教授。現在は帝京大学経済学部客員教授を兼務。著書に『日本銀行の深層』、『郵政攻防』、編著に『現代アメリカ政治とメディア』、『メディアリテラシー 吟味思考を育む』などがある。
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AIにはない「思考力」の身につけ方 ことばの学びはなぜ大切なのか? | 今井 むつみ
¥1,320
筑摩書房 2024年 ちくまQブックス ソフトカバー 128ページ 四六変形判 - 内容紹介 - 学校で急速に広がる生成AIの使用。 なぜ“ChatGPTにおまかせ”ではダメなのか? カギは、人間がことばの学習で身につける「推論の力」が失われることにあった。 すべての教育関係者・保護者必読の一冊。 === 「思考力」というと、なんだか難しいことのように感じられるかもしれない。しかし、私たちは今この瞬間に文章を読みながら、思考力を駆使している。そしてその時に頭の中で働いているのは、「推論の力」だ。この力は人間だけにあり、AIにはないものだ。その違いと謎を解き明かしていく。 === 例えば「探偵マンガ」を読んでいるとき、みなさんは、 「黒幕は誰だれだろう?」 「犯人はやはり……」 と考えながらストーリーを追っているはずです。これも思考の働きのひとつです。 思考しながら、主人公と一緒に「問題を解決しよう(=犯人を見つけよう)」としているのです。 思考力というのはこのように、問題解決の力につながっていきます。問題解決の力をつけることができれば、社会がどんなに変わっても、未来がどうなるかわからなくても、なんとかその場で対応することができるようになるはずです。(……) では、思考力を使って問題解決ができる「名探偵」になるために、私たちは何を学べばいいのでしょうか。(……) 正解は、国語です。 「なぜ国語?」 確かにそう思う気持ちもわかります。 数学や英語のほうがなんとなく、問題解決の役に立ちそうですよね。でも、私たちは何を学ぶにも「ことば」を使います。「ことばの力」がなくては、数学の問題もうまく解くことはできません。(……) 本書は「思考力」、つまり「名探偵になるための推論力」を、「ことば」と一緒に考える本です。みなさんが、今この瞬間にも使っている「思考力」ですが、なんだかぼんやりしていて、捉とらえにくいものであるというのも事実です。その「思考力」を「ことば」というフィールドで考えてみようという試みです。 乳幼児がことばを覚えるしくみについて研究をしていると、「ことばがわかること」が、必ずしも当たり前でないということに気づかされます。子どもはことばのしくみを自分で発見し、ことばの意味も自分で発見します。これはみなさんも、意識せずに成し遂とげてきたことです。 いったいどんなふうに、そんなすごいことをしてきたのか。 まずは、みなさんが子ども時代に成し遂げた「母語の習得という偉業」を、思い出すことから始めてみましょう。(「はじめに」より) 目次 第1章 あなたはことばを、どう覚えてきたのか 第2章 問題解決に必要な「推論の力」 第3章 学校で必要になる「ことばの力」 第4章 AI時代の「考える力」 - 著者プロフィール - 今井 むつみ (イマイ ムツミ) (本文) 慶應義塾大学環境情報学部教授。1994年ノースウエスタン大学心理学博士。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。学力不振で苦しむ子どもたちの学力困難の原因を見えるようにするツール(たつじんテスト)や学習補助教材の開発にも取り組んでいる。著書に、『言語の本質――ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)、『親子で育てる ことば力と思考力』(筑摩書房)、『言葉をおぼえるしくみ――母語から外国語まで』(共著、ちくま学芸文庫)、『ことばの学習のパラドックス』(ちくま学芸文庫)、『ことばと思考』『学びとは何か――〈探究人〉になるために』『英語独習法』『学力喪失』(以上、岩波新書)、『算数文章題が解けない子どもたち――ことば・思考の力と学力不振』(岩波書店)、『ことば、身体、学び――「できるようになる」とはどういうことか』(扶桑社新書)ほか多数。
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子どもの読む力を育てよう! 家庭で、園で、学校で | 小川 三和子
¥2,420
青弓社 2024年 ソフトカバー 216ページ A5判 縦210mm 横148mm 厚さ15mm - 内容紹介 - なぜ、子どもの成長にとって読書が必要不可欠なのか? 乳幼児期から学齢期にいたるまでの子どもたちに、家庭や教育現場ではどのような読書体験を提供するべきなのか? 本がある環境づくり、読み聞かせ、ブックトーク、図書館の利活用など、子どもたちの成長のために欠かせない本との出合いや読書との向き合い方を、教育現場での体験談も交えながらやさしく具体的に指南する。さらに、子どもの発達段階(赤ちゃん―高校生)ごとに薦める絵本や児童文学もふんだんに紹介。 加えて、国語の授業での読書会やビブリオバトルの取り組み、学校図書館ボランティアの活動、「子ども読書の日」や「読書バリアフリー法」など国民の読書に関する施策についてもまとめ、社会と読書の関わりを総覧する。 子どもにとって、家庭にとって、そして現代社会にとっての読書の意義をあらためて考えるための一冊。 - 目次 - はじめに 第1章 現代社会のなかでの子どもたちと読書 1 町の風景から 2 情報社会に生きる子どもたち 3 文字や文章を読む力の育成 4 デジタル情報と紙の本 5 電子書籍と紙の本 6 書くことと読むことの移り変わりとデジタル社会 第2章 本を読むということ 1 読書で育つ力 2 読書の深まり 3 学校教育と読書 4 文化審議会が考える読書 5 学校教育の変遷と読書の施策 第3章 乳幼児期と読書 1 赤ちゃんとのコミュニケーション 2 赤ちゃん時代から読み聞かせを 3 ブックスタート 4 読み聞かせ 5 集団での読み聞かせ 6 ストーリーテリング 7 昔話 8 文化に出合う機会を 9 この時期にお薦めの本 第4章 小学校低学年(1年生・2年生)の読書――本に親しむ 1 「本を読みなさい」と言わないで 2 学校での読書指導 3 本に親しむ 4 幼年童話などに親しむ 5 本で調べる 6 ボランティア活動のこと 7 この時期にお薦めの本 第5章 小学校中学年(3年生・4年生)の読書――多読と読書の質 1 中学年は大切な時期 2 中学年の読書指導目標と内容 3 読めるようになるために 4 課題をもって調べる 5 本との出合い 6 この時期にお薦めの本 第6章 小学校高学年(5年生・6年生)の読書――本との出合いを大切に 1 読書離れしないために 2 高学年の読書指導目標と内容 3 目標をもって主体的に読む 4 読書から広がる探究的な学習 5 読書感想文のこと 6 この時期にお薦めの本 第7章 中学生・高校生と読書――思春期の読書 1 読書離れも背伸びも 2 中学校・高等学校の読書指導の目標と内容 3 児童書から大人向けの本まで 4 メディアの特性に応じた活用 5 中学校・高等学校での読書活動 6 この時期にお薦めの本 第8章 読書とバリアフリー 1 誰もが読書の喜びを 2 特別なニーズに応じた読書支援 3 読むための壁を低くする努力 4 すべての子どもたちが読書をすること 5 読書バリアフリーを理解するための図書 ブックリスト おわりに - 著者プロフィール - 小川 三和子 (オガワ ミワコ) (著) 東京学芸大学大学院教育学研究科学校教育専攻修士課程修了。東京都公立小学校教諭・司書教諭、新宿区学校図書館アドバイザーなどを経て、現在は八洲学園大学非常勤講師。全国学校図書館協議会参事、日本学校図書館学会理事・役員、日本子どもの本研究会会員、日本図書館情報学会会員。著書に『学校図書館サービス論』『読書の指導と学校図書館』(ともに青弓社)、『教科学習に活用する学校図書館――小学校・探究型学習をめざす実践事例』、共著に『読書と豊かな人間性』(ともに全国学校図書館協議会)。
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岡潔の教育論 |中沢新一, 岡潔, 森本弘
¥2,750
コトニ社 2023年 ソフトカバー 272ページ 四六判 - 内容紹介 - 「教育はどうすればよいのだろう」 暗記と論理の偏重、効率主義と個人主義を超えてーー 世界的数学者がとく、「自然」にそくした「正しい心」の育て方、その「論理」と「直観」を統合する考え方と実践がここによみがえる!! 【中沢新一「はじめに」より】 《『岡潔の教育論』は、岡潔の教育に関するエッセイと、岡潔と森本弘が五十年ほど前に、阿吽の呼吸で繰り広げた教育をめぐる問答の記録を、一冊にまとめたものです。(…)森本弘さんは、地元和歌山で小学校の先生をされていた方です。教育の現場で成長していく子供のこころを長きにわたって見つめ続けていた人です。(…)岡潔と数学が出会って現代数学に新しい世界が開かれたように、森本弘と岡潔が出会って新しい教育の理念がつくられたように、この本が多くの人のこころに届いて、そこから新しいものの考え方や感じ方や未来への指針が生まれてくることを、私たちは願ってやみません。》 目次 はじめに(中沢新一) 第1章 小学校以前ーー教育はどうすればよいのだろう1(岡潔) 第2章 情緒の教育ーー教育はどうすればよいのだろう2(岡潔) 第3章 知性と意志の教育ーー教育はどうすればよいのだろう3(岡潔) 第4章 教育に東洋の秋をーー構造学習と大脳生理の一思案(森本弘) 解説(中沢新一) 解説 情緒と微笑(唐澤太輔) 前書きなど はじめに 中沢新一 『岡潔の教育論』は、岡潔の教育に関するエッセイ(「教育はどうすればよいのだろう1~3」)と、岡潔と森本弘が五十年ほど前に、阿吽の呼吸で繰り広げた教育をめぐる問答の記録を、一冊にまとめたものです。本書成立のきっかけは小さな偶然によるものでした。数年前岡潔についての講演を頼まれて和歌山県橋本市を訪れた際、森本弘の義理の娘さんである森本和子さんから、こんなものが遺されているのですがといってみせていただいたのが、岡潔と森本によるその問答の記録でした。妙に揃った几帳面な文字で、何度も書き直し、清書されたであろうその原稿には不思議な熱がこもっていました。その内容を一読して、これはとても貴重な価値をもつもので、このまま埋もれさせてはならない、と私は思いました。 森本弘さんは、地元和歌山で小学校の先生をされていた方です。教育の現場で成長していく子供のこころを長きにわたって見つめ続けていた人です。その中で、子供のこころと実直に向き合えば向き合うほど、日本人のこころはこれからどうあるべきなのか、自分は教育者として、それをどう果たせばよいのかという思いが強くなっていったことでしょう。それは戦後教育の課題そのものでもありました。 敗戦後の日本は民主主義国家となり、自由と平等を掲げた教育がはじまりました。激しい変化を体験して、どの教師も迷いを抱えていました。彼らの大半は戦前の日本の教育を受けて育っています。新しい教育の中では、昔からの「日本のこころ」のあり方は否定的に扱われていましたが、それに変わる価値や思想は、まだ育っていませんでした。 国の体制や教育の形が変わっても、変わらない「日本のこころ」というものがあるのか。そこには目には見えないけれど、私たちを生かすなにかとても大切なものが潜んでいたようだが、それを次の世代、若い皆さんへどう伝えていけばいいのか。その切実な想いが、当時自分たちの身近に住んでいて、日本人のこころのあり方を必死に説いていた高名な数学者に、向かっていったのです。森本さんは岡潔に必死の思いで、自分たち教師は子どもたちに「日本のこころ」の何を伝えていけばよいのか、と問うたことでしょう。その熱意に打たれた岡潔は胸襟を開いて、両者の対話がはじまりました。その対話の過程でわかってきたことを森本さんが記録し、まとめられたものを今度は訂正したり、詳細に膨らませたりしながら、この原稿はできあがっていきました。そのときの熱気が、いまでも伝わってくるようです。 本書に収められた両名の文章は、一九六〇~一九七〇年代に書かれたものです。日本が敗戦の傷から立ち直り、高度経済成長へと向かっていくその中で、「日本のこころ」も大きな変化を遂げてきました。合理主義と効率が重視され、そうでないものはだんだんと隅においやられるようになっていきました。しかし、人間のこころはそれだけではない。表面は変化したかにみえてもこころの奥に変わらないものがある、「日本のこころ」はそこに深く根ざしているはずである。岡潔の教育や日本人の思想風潮への警鐘はそのような確信からきています。 岡潔は世界的な数学者で、その当時の日本でもよく知られる人物でした。しかし、彼自身の人生は順風満帆というわけではありません。若き日からおたがいを切磋琢磨してきた無二の親友を留学中のパリで失い、帰国後は精神衰弱におちいり、大学の職を失って何年ものあいだ世間から隔絶した暮らしをしたこともありました。友人たちの助けでようやく奈良女子大学に職を得たのは、敗戦を経て四十八歳になった頃のことでした。しかし、どんな困難に出会っていても、岡潔は少しも自分を不幸とは思いませんでした。それは、いつでも彼が全身全霊をこめて純粋一途に追求できる数学の世界があったからです。 岡潔は「数学とは、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つである」と考えていました。情緒の表れは数学に限りません。俳句や和歌でも、音楽や絵画にも情緒は宿ります。野に咲く一輪のスミレに、ああキレイだな、と思うこころが情緒だと、岡潔は言っています。日本の自然豊かな風土が日本人のこころをはぐくみ、その「情緒」が自分と数学のこころを通わせたのです。数学は一見、冷たい論理や数式によって表されているように見えるかもしれませんが、じつはその背後に、目に見えない情緒の世界が動いている、それが彼の確信でした。 岡潔は人間には「第一の心」と「第二の心」があると考えていました。論理や数式の世界は「第一の心」にあたります。理性や論理を働かせ、世界中の数学者の誰にでもわかるように論文を書いて成果をあげることができます。それによって社会の中で職を得て、豊かで安定した生活を送ることができます。この「第一の心」を教育で身につけることは、大切なことです。理性や自制心を身につけることによって、人間としての社会生活を送る能力を得る。それを子供達に身につけさせることが、教育のひとつの使命と、岡潔も考えていました。 一方で、私たちのなかには、「第二の心」も保存されています。この「第二の心」というのが「情緒」というものに深いつながりを持つ、もう一つの心の働きです。これは合理的な論理を超えて、心の奥のほうで行われている心の活動です。ものごとの全体的なつながりを直感的にとらえながら、たんなる論理を超えてこの世界の真実をつかむことを可能にする心の働きです。日本文化の中で、この「第二の心」はとても大きな働きをしてきました。ところが現代生活においては、「第二の心」が「第一の心」にひどく抑圧されていると、岡潔は考えました。 「第一の心」と「第二の心」を協働して存分にはたらかせること。そこから人と人とをつなぐよりよい社会がつくられていくはずだというのが、岡潔の基本的な考えでした。そのためにも日本人のこころに、情緒をよみがえらせていかなければならないのです。現代の私たちからみると、いささか素朴でロマンチックな考えのように見えるかもしれません。岡潔と森本弘がそういうことを考えていた頃に比べても、いまはものごとが複雑に絡まりあい、情緒も世界の全体像もみえなくなっているように思えるからです。しかしだからこそ、岡潔のまっすぐな確信と森本弘の渾身の挑戦は、私たちに大きな勇気と示唆を与えてくれます。現代の世界がどんなに混迷を深め、純粋なこころの働きが見えにくくなっているとはいえ、人間の本質は変わっていないからです。 橋本市で起こったひとつの原稿との出会いをきっかけに、「日本のこころとは何か」を考えようという本書は生まれました。岡潔と数学が出会って現代数学に新しい世界が開かれたように、森本弘と岡潔が出会って新しい教育の理念がつくられたように、この本が多くの人のこころに届いて、そこから新しいものの考え方や感じ方や未来への指針が生まれてくることを、私たちは願ってやみません。 - 著者プロフィール - 中沢新一 (ナカザワシンイチ) (著/文 | 編集) 1950年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。京都大学特任教授、秋田公立美術大学客員教授。人類学者。著書に『増補改訂 アースダイバー』(桑原武夫賞)、『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)、『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)など多数。 岡潔 (オカキヨシ) (著/文) 1901年生まれ。三高をへて、京都帝国大学理学部卒業。多変数解析函数の世界的権威者。理学博士。奈良女子大名誉教授。学士院賞・朝日文化賞・文化勲章。仏教・文学にも造詣が深く、『春宵十話』『風蘭』『紫の火花』『月影』『日本民族の危機』などの随想も執筆。晩年は教育に力を注いだ。 森本弘 (モリモトヒロム) (著/文) 1911年生まれ。和歌山県内の小・中学校の校長を経て、橋本市教育委員会教育長を務める。晩年の岡潔と親交が深く、岡から学んだ「情緒教育」を実際の教育現場で実践しつづけた稀有な教育者。