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ソウル・ハンターズ シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学 | レーン・ウィラースレフ, 奥野 克巳(翻訳), 近藤 祉秋(翻訳), 古川 不可知(翻訳)
¥3,520
亜紀書房 2018年 ハードカバー 384ページ 四六判 - 内容紹介 - 人類学と哲学、人間と動物が絡まり合う場所で ヴィヴェイロス・デ・カストロ、ハイデガー、インゴルド、ラカンらの思想を武器に、シベリアの狩猟民の世界に肉薄する。 人間と人間ならざるものが対等に出会う地平を描き出し、人類学の「存在論的転回」を決定づけるパースペクティヴィズムの重要著作、ついに翻訳! - 著者プロフィール - レーン・ウィラースレフ (レーン ウィラースレフ) (著/文) 1971年生まれ。国立デンマーク博物館館長。2003年、ケンブリッジ大学人類学科博士課程修了。博士(人類学)。マンチェスター大学(イギリス)、オーフス大学ムースガルド博物館(デンマーク)、オスロ大学文化史博物館(ノルウェー)を経て現職。 奥野 克巳 (オクノ カツミ) (翻訳) 1962年生まれ。立教大学異文化コミュニケーション学部教授。 一橋大学社会学研究科博士後期課程修了、桜美林大学教授を経て、2015年より現職。 【著書】 『「精霊の仕業」と「人の仕業」:ボルネオ島カリスにおける災い解釈と対処法』(春風社、2004年)、『人と動物、駆け引きの民族誌』(編著、はる書房、2011年)、『改定新版 文化人類学』(内堀基光との共編著、放送大学教育振興会、2014年)、『Lexicon 現代人類学』(石倉敏明との共編著、以文社、2018年)、『反省も謝罪もしない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房、2018年刊行予定)など。訳書にエドゥアルド・コーン『森は考える』(共監訳、亜紀書房、2016年)など。 近藤 祉秋 (コンドウ シアキ) (翻訳) 1986年生まれ。北海道大学アイヌ・先住民研究センター助教。 早稲田大学大学院、アラスカ大学フェアバンクス校博士課程を経て、2016年より現職。 【著書・論文】 『人と動物の人類学』(奥野克己、山口未花子との共編著、春風社、2012年)、「ボブ老師はこう言った:内陸アラスカ・ニコライ村におけるキリスト教・信念・生存」『社会人類学年報』第43号、「アラスカ・サケ減少問題における知識生産の民族誌――研究者は以下に関わるべきか――」『年報人類学研究』第6号。 古川 不可知 (フルカワ フカチ) (翻訳) 1982年生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。 【論文】 「「仕事は探検」――ネパール・ソルクンブ郡、シェルパの村の生業と変容」『日本山岳文化学会論集』第14号(単著、2016年)、「職業としての「シェルパ」をめぐる語りと実践」『年報人間科学』第36号(単著、2015年)。
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マツタケ――不確定な時代を生きる術 | アナ・チン, 赤嶺 淳訳
¥4,950
みすず書房 2019年 ハードカバー 448ページ 19.6 x 13.8 x 3 cm - 内容紹介 - 「本書は、20世紀的な安定についての見通しのもとに近代化と進歩を語ろうとする夢を批判するものではない。……そうではなく、拠りどころを持たずに生きるという想像力に富んだ挑戦に取りくんでみたい。……もし、わたしたちがそうした菌としてのマツタケの魅力に心を開くならば、マツタケはわたしたちの好奇心をくすぐってくれるはずだ。その好奇心とは、不安定な時代を、ともに生き残ろうとするとき、最初に必要とされるものである」 オレゴン州(米国)、ラップランド(フィンランド)、雲南省(中国)におけるマルチサイテッドな調査にもとづき、日本に輸入されるマツタケのサプライチェーンの発達史をマツタケのみならず、マツ類や菌など人間以外の存在から多角的に叙述するマルチスピーシーズ民族誌。ホストツリーと共生関係を構築するマツタケは人工栽培ができず、その豊凶を自然にゆだねざるをえない不確定な存在である。そうしたマツタケを採取するのも、移民や難民など不安定な生活を余儀なくされてきた人びとである。生態資源の保護か利用かといった単純な二項対立を排し、種々の不確定性が絡まりあう現代社会の分析にふさわしい社会科学のあり方を展望する。 「進歩という概念にかわって目を向けるべきは、マツタケ狩りではなかろうか」。 目次 絡まりあう プロローグ 秋の香 第一部 残されたもの 1 気づく術 2 染めあう 3 スケールにまつわる諸問題 幕間 かおり 第二部 進歩にかわって――サルベージ・アキュミュレーション 4 周縁を活かす フリーダム…… 5 オレゴン州オープンチケット村 6 戦争譚 7 国家におこったこと――ふたとおりのアジア系アメリカ人 移ろいゆきながら…… 8 ドルと円のはざま 9 贈り物・商品・贈り物 10 サルベージ・リズム――攪乱下のビジネス 幕間 たどる 第三部 攪乱――意図しえぬ設計 11 森のいぶき マツのなかからあらわれる…… 12 歴史 13 蘇生 14 セレンディピティ 15 残骸 ギャップとパッチで…… 16 科学と翻訳 17 飛びまわる胞子 幕間 ダンス 第四部 事態のまっただなかで 18 まつたけ十字軍――マツタケの応答を待ちながら 19 みんなのもの 20 結末に抗って――旅すがらに出会った人びと 胞子のゆくえ――マツタケのさらなる冒険 マツタケにきく――訳者あとがき 本書で引用された文献の日本語版と日本語文献 索引 - 著者プロフィール - アナ・チン (アナチン) (著/文) カリフォルニア大学サンタクルス校文化人類学科教授。エール大学を卒業後、スタンフォード大学で文化人類学の博士号を取得。フェミニズム研究と環境人類学を先導する世界的権威。おもにインドネシア共和国・南カリマンタン州でフィールドワークをおこない、森林伐採問題の社会経済的背景の重層性をローカルかつグローバルな文脈からあきらかにしてきた。著書にIn the Realm of the Diamond Queen: Marginality in an Out-of-the-Way Place (Princeton University Press, 1993), Friction: An Ethnography of Global Connection (Princeton University Press, 2004), The Mushroom at the End of the World (Princeton University Press, 2015)など、多数。 赤嶺淳 (アカミネジュン) (翻訳) 一橋大学大学院社会学研究科教授。専門は東南アジア地域研究・食生活誌学。ナマコ類と鯨類を中心に野生生物の管理と利用(消費)の変容過程をローカルな文脈とグローバルな文脈の絡まりあいに注目し、あきらかにしてきた。著書に『ナマコを歩く――現場から考える生物多様性と文化多様性』(新泉社、2010)『鯨を生きる――鯨人の個人史・鯨食の同時代史』(吉川弘文館、2017)『生態資源――モノ・場・ヒトを生かす世界』(山田勇・平田昌弘との共編著、昭和堂、2018)など。訳書にアナ・チン『マツタケ』(みすず書房、2019)など。
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モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと | 奥野克己
¥1,870
亜紀書房 2020年 ソフトカバー 248ページ 四六判 - 内容紹介 - 息苦しいこの世界からの出口は、ある。 片づけコンサルタント「こんまり」のメソッドは、 自分とモノとの純粋な対話ではなく、自分自身との対話を目指すものなのではないか。 アニミズムとは、地球や宇宙における存在者のうち、人間だけが必ずしも主人なのではないという考え方だとすれば、自分との対話を目指すのは、人間のことだけしか考えていないという意味で、真のアニミズムとは呼べないのではないか。 本書の出発点は、ここにある。 アニミズムは「原初の人間の心性」として過去のものとされてきた。 しかし、そこには、人間の精神を豊かにするヒントが隠されているのではないか。 文学、哲学の大胆な解釈とフィールド経験を縦横に織り合わせて、「人間的なるもの」の外へと通じるアニミズムの沃野を探検する。 人間が世界の「主人」をやめた時、動物、モノ、死者との対話がはじまる。 目次 1 こんまりは、片づけの谷のナウシカなのか? 2 風の谷のアニミズム 3 川上弘美と〈メビウスの帯〉 4 壁と連絡通路――アニミズムをめぐる二つの態度 5 往って還ってこい、生きものたちよ 6 東洋的な見方からアニミズムを考える 7 宮沢賢治を真剣に受け取る 8 まどろむカミの夢――ユングからアニミズムへ 9 純粋記憶と死者の魂――ベルクソンとアニミズム 10 記号論アニミズム――エドゥアルド・コーンの思考の森へ 11 人間であるのことの最果て――語りえぬものの純粋経験 12 人間にだけ閉じた世界にアニミズムはない あとがき 参考文献 - 著者プロフィール - 奥野 克巳 (オクノ カツミ) (著/文) 1962年生まれ。立教大学異文化コミュニケーション学部教授。 20歳でメキシコ・シエラマドレ山脈先住民テペワノの村に滞在し、バングラデシュで上座部仏教の僧となり、トルコのクルディスタンを旅し、インドネシアを1年間経巡った後に文化人類学を専攻。 1994~95年に東南アジア・ボルネオ島焼畑民カリスのシャーマニズムと呪術の調査研究、2006年以降、同島の狩猟民プナンとともに研究している。 著作に、『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(2018年、亜紀書房)など多数。共訳書に、エドゥアルド・コーン著『森は考える―人間的なるものを超えた人類学』(2016年、亜紀書房)、レーン・ウィラースレフ著『ソウル・ハンターズ―シベリア・ユカギールのアニミズムの人類』(2018年、亜紀書房)、ティム・インゴルド著『人類学とは何か』(2000年、亜紀書房)。
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文化人類学の思考法 | 松村 圭一郎, 中川 理, 石井 美保
¥1,980
世界文化社 2019年 ソフトカバー 242ページ 四六判 縦186mm 横130mm 厚さ15mm - 内容紹介 - 「文化人類学は『これまでのあたりまえ』の外へと出ていくための『思考のギア(装備)』だ。本書はその最先端の道具が一式詰まった心強い『道具箱』だ。こんなに『使える』本は滅多にない」若林恵氏推薦。尾原史和氏による常識を覆すカバー付 目次 はじめに すべての考える人のために 序 論 世界を考える道具をつくろう (松村圭一郎・中川理・石井美保) 第I部 世界のとらえ方 1 自然と知識――環境をどうとらえるか?(中空 萌) 2 技術と環境――人はどうやって世界をつくり、みずからをつくりだすのか(山崎吾郎) 3 呪術と科学――私たちは世界といかにかかわっているのか(久保明教) 4 現実と異世界――「かもしれない」領域のフィールドワーク(石井美保) 第II部 価値と秩序が生まれるとき 5 モノと芸術――人はなぜ美しさを感じるのか?(渡辺 文) 6 贈り物と負債――経済・政治・宗教の交わるところ(松村圭一郎) 7 貨幣と信用――交換のしくみをつくりだす(深田淳太郎) 8 国家とグローバリゼーション――国家のない社会を想像する(中川 理) 9 戦争と平和――人はなぜ戦うのか(佐川 徹) 第III部 あらたな共同性へ 10 子どもと大人――私たちの来し方、行く先を見つめなおす(高田 明) 11 親族と名前――関係している状態をつくるもの(髙橋絵里香) 12 ケアと共同性――個人主義を超えて(松嶋 健) 13 市民社会と政治――牛もカラスもいる世界で(猪瀬浩平) 参考文献 もっと学びたい人のためのブックガイド 索 引 ○コラム 1 認識人類学の展開 分けることと名づけること(中空 萌) 2 ブルーノ・ラトゥール STSと人類学(山崎吾郎) 3 スタンレー・タンバイア 呪術・科学・宗教(久保明教) 4 合理性論争(石井美保) 5 岡本太郎 境界線を吹き飛ばす爆発(渡辺 文) 6 マルセル・モース 贈与論のその先へ(松村圭一郎) 7 貨幣の多義性(深田淳太郎) 8 フーコー権力論と人類学(中川 理) 9 日常的暴力と日常的平和(佐川 徹) 10 生業と子育て(高田 明) 11 あらたな親族研究の潮流(髙橋絵里香) 12 民族誌、実践誌、人類学(松嶋 健) 13 デヴィッド・グレーバー アナキズムと人類学(猪瀬浩平) - 著者プロフィール - 松村 圭一郎 (マツムラ ケイイチロウ) (編集) 岡山大学大学院社会・文化科学研究所准教授。フィールドは、エチオピア、中東。研究テーマは、所有と分配、経済人類学。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)。 中川 理 (ナカガワ オサム) (編集) 立教大学異文化コミュニケーション学部准教授。フィールドは、フランス。研究テーマは、市場・国家・周縁性の民族誌。著書に『移動する人々:多様性から考える』(晃洋書房、共編著) 石井 美保 (イシイ ミホ) (編集) 京都大学人文科学研究所准教授。フィールドは、タンザニア、ガーナ、インド。研究テーマは、宗教実践、環境運動。著書に『精霊たちのフロンティア』(世界思想社)、『環世界の人類学』(京都大学学術出版会)。
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ハレルヤ村の漁師たち スリランカ・タミルの村 内戦と信仰のエスノグラフィー|初見 かおり
¥3,080
左右社 2021年 ハードカバー 352ページ 四六判 - 内容紹介 - ふるさとの漁村から、激しい空爆を生き延び、たどり着いた海もない「ハレルヤ村」。 反政府ゲリラ軍と政府軍との双方に追われたタミルの人びとに 「本当に起きたこと」とは何だったのか。 爆薬を用いたテロ攻撃、性暴力を伴う残忍な殺人、暴力事件のやまぬなか、 著者は繰り返し現地を訪れ、村人たちの生活に身を沈めた。 数百年にわたり貫かれてきたカトリックへの信仰、 村を挙げての徹夜のミサのようすを描き、 国際社会からも忘れられつつある人びとに寄り添う、 エスノグラフィの新しい達成。 今、この教会に集合している一人ひとりは、生きてヴァンニの戦場を脱出してきた人たちだ。政府軍による空爆に追われながら、わずかな食べ物を探し回り、脱出の機会を待ち続けた人たちだ。つねに自分の身を優先しなければならない状況に追い込まれ、すべてを後に残してきた人たちだ。力尽きた者たちを、後に残してこなければならなかった人たちだ。(本文より) 目次 第一部 ハレルヤ村との出会い 一、行き止まり──二〇〇六年夏 二、最大の問い──二〇〇七年夏 第二部 ヴェラ家と周辺の人びとの物語 三、バトル・オヴ・ヴァンニ──二〇〇九年四月 四、クエートから届いた柩──二〇〇九年十月~十一月 第三部 シシリア婆さんの帰郷 五、不思議な行進──二〇一〇年三月 六、イエスの柩──二〇一〇年四月 参考文献・読書案内 あとがき 前書きなど 今、この教会に集合している一人ひとりは、生きてヴァンニの戦場を脱出してきた人たちだ。政府軍による空爆に追われながら、わずかな食べ物を探し回り、脱出の機会を待ち続けた人たちだ。つねに自分の身を優先しなければならない状況に追い込まれ、すべてを後に残してきた人たちだ。力尽きた者たちを、後に残してこなければならなかった人たちだ。(本文より) - 著者プロフィール - 初見 かおり (ハツミ カオリ) (著/文) 1980年生、文化人類学博士(コロンビア大学)。九州大学サイエンスコミュニケーター。論文に「Beyond methodological agnosticism: Ritual, healing, and Sri Lanka’s civil war(方法論としての不可知論を超えて)」(The Australian Journal of Anthropology)などがある。他者を理解するための方法としての文化人類学の魅力を発信することに関心がある。
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葬いとカメラ|金 セッピョル, 編集)地主 麻衣子
¥1,980
左右社 2022年 ソフトカバー 200ページ 四六変型判 - 内容紹介 - アーティストと文化人類学者らが考えた「葬い」を記録することについて。両者の視点から「死」と「葬い」を見つめた先に見えてきたものは…… 身寄りがなくなり、壊される無縁仏 自然葬をすることにした家族の葛藤 葬儀を撮ることの暴力性 在日コリアンのお墓 研究映像とアート作品 簡素化される葬儀と、葬いの個人化 誰もが直面する「死」と、残された者の「葬い」という営みを、どのようにとらえることができるのだろうか。 本書では主に映像によって記録するという行為を通じて、死や葬いを普遍的にとらえなおすことを試みるものである。
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「家庭料理」という戦場 暮らしはデザインできるか?|久保明教(著)
¥2,200
コトニ社 2020年 ソフトカバー 216ページ 四六変型判 - 内容紹介 - 作って、食べて、考える。 「私、結婚したら毎日違う料理を作るんだ!」ある先輩が発したこの言葉に誘われるように、文化人類学者は「家庭料理」というフィールドにおもむく。 数々のレシピをもとに調理と実食を繰り返し、生活と学問を往復しながら家庭料理をめぐる諸関係の変遷を追跡する。 心を込めた手作りが大事なのか、手軽なアイデア料理が素晴らしいのか、家族がそれぞれ好きに食べる個食はなぜ非難されるのか、市販の合わせ調味料は「我が家の味」を壊すのか、レシピのデータベース化は何をもたらしたのか、私たちは暮らしを自由にデザインできるのか? 家庭料理をめぐる様々な問いと倫理が浮かびあがり、それらが互いに対立しながら部分的につながっていく。 日々の料理を作り食べること、それは暮らしという足下から私たち自身を考えることにつながっている。 【目次】 はじめに――毎日違う料理を作るんだ! 第一章 わがままなワンタンとハッシュドブラウンポテト 暮らし、見えない足下/美味しい時短/消費社会下の家庭料理/ゆとりの天才/静かな戦い 実食! 小林カツ代×栗原はるみレシピ対決五番勝負(前半戦) 第1戦 昼の副菜「キューカンバーサラダ×自家製ピクルスミックス」 第2戦 昼の主菜「じゃが芋スパゲティ×スパゲッティミートソース」 第二章 カレーライスでもいい。ただしそれはインスタントではない 手作りと簡易化/村の味/毎日がごちそう/ねじれた継承/贈与の拠点 実食! 小林カツ代×栗原はるみレシピ対決五番勝負(後半戦) 第3戦 夜の副菜「大根たらこ煮×じゃがいものニョッキ、レンジトマトソース」 第4戦 夜の主菜「食べるとロールキャベツ×煮込みれんこんバーグ」 第三章 なぜガーリックはにんにくではないのか? 正しい料理/脱構築の末路/欲求を知り、満たす/にんにくではダメなんです/「我が家の味」のデータベース/動物的消費の彼方/ホワイトキューブのもそもそメシ 実食! 小林カツ代×栗原はるみレシピ対決五番勝負(最終戦) 第5戦 夜の汁物「なすとそうめんの汁×かぼちゃの冷たいスープ」 レシピ五番勝負を終えて おわりに――暮らしはデザインできるか? 目次 はじめに――毎日違う料理を作るんだ! 第一章 わがままなワンタンとハッシュドブラウンポテト 暮らし、見えない足下/美味しい時短/消費社会下の家庭料理/ゆとりの天才/静かな戦い 実食! 小林カツ代×栗原はるみレシピ対決五番勝負(前半戦) 第1戦 昼の副菜「キューカンバーサラダ×自家製ピクルスミックス」 第2戦 昼の主菜「じゃが芋スパゲティ×スパゲッティミートソース」 第二章 カレーライスでもいい。ただしそれはインスタントではない 手作りと簡易化/村の味/毎日がごちそう/ねじれた継承/贈与の拠点 実食! 小林カツ代×栗原はるみレシピ対決五番勝負(後半戦) 第3戦 夜の副菜「大根たらこ煮×じゃがいものニョッキ、レンジトマトソース」 第4戦 夜の主菜「食べるとロールキャベツ×煮込みれんこんバーグ」 第三章 なぜガーリックはにんにくではないのか? 正しい料理/脱構築の末路/欲求を知り、満たす/にんにくではダメなんです/「我が家の味」のデータベース/動物的消費の彼方/ホワイトキューブのもそもそメシ 実食! 小林カツ代×栗原はるみレシピ対決五番勝負(最終戦) 第5戦 夜の汁物「なすとそうめんの汁×かぼちゃの冷たいスープ」 レシピ五番勝負を終えて おわりに――暮らしはデザインできるか? 前書きなど ※以下は、本書「はじめに――毎日違う料理を作るんだ!」の草稿です。書籍とは細部が異なる場合があります。 一五年ほど前のある日の晩、私は大学院ゼミの飲み会に参加していた。結婚を機に大学院をやめることになった先輩の送迎会だった。「私、結婚したら毎日違う料理を作るんだ!」と彼女は嬉しそうに宣言した。好奇心旺盛で多趣味多芸な人であったから、おそらく先輩は実際に毎日違う料理を作ろうとしたのだろう。 彼女の計画はとても魅力的に思えた。だが、毎日まったく違う料理を作り、食べる暮らしとはどのようなものだろうか。美味しい料理ができたらまた作りたくならないか。昨晩のカレーを朝食に供したらダメだろうか。冷蔵庫に賞味期限まぢかの豆腐を見つけて「今日も冷奴でいいか」とはならないのか。それに、家庭料理には似たような品目が少なくない。ミートボールとハンバーグ、ビーフストロガノフとハヤシライスはまったく別の料理ではないし、細かいアレンジも可能だ。ビーフストロガノフを作ろうとして高い牛肉しか売っていなければ安い豚肉を使えばいい。生活とはそんなものではないだろうか? 先輩の宣言を私がいつまでも忘れられないのは、そこに「暮らしは自由にデザインできる」という新しい発想の輝かしさと苦しさを嗅ぎつけたからだと思う。私自身もまた、学問に携わってきたこの十数年のあいだ、週の半分以上はスーパーに通って夕食を作り、献立に悩んだり、弁当のおかずに苦慮してきた。料理研究家の本やレシピ投稿サイトを調べて目先の変わった料理を作ることは楽しいし、「美味しい」と言われれば嬉しい。だが、毎日まったく違う料理を作ることはなかった。 近所のスーパーで野菜売り場から入りつつ夕飯の献立を考えるとき、私は微かな喜びと確かな苦痛を感じる。さぁ、今日も楽しい料理の時間だ。売り場にはまだ試したことのない多様な商品が並んでいる。スマホを使えば膨大なレシピを検索できる。頑張ればなんでも作れるし、きっと新しい味と出会えるだろう。 だがそれは、限られた予算と時間と疲れた身体が許すかぎりでしかない。目先の変わったレシピは親しい人の口にあわないかもしれない。定番の一品はそろそろ飽きられるかもしれない。生ごみの日はもう過ぎたから骨が残る魚は買いにくい。レタスかキャベツが残っていた気がするが、あれはもう腐っていないか……。あぁ、もう疲れた、今夜は居酒屋にでも行こうか。だけど最近外食が続いたから家で食べたいしなぁ……。 自らの些細な選択が、暮らしに緩慢な亀裂を刻んでいく。やっぱり毎日ちがう料理を作るなんて無茶な話だ。暮らしとは同じことの繰り返しを丁寧にやりくりしていくことではないのか。だが、それもまた膨大な選択肢のなかで特定の「ルーティン」を選びとることでしかないように思える。微かな希望と絶望を伴って家庭料理が作られ、食べられる場。それは、自らの一挙一動が、極めて間接的な仕方であれ、生と死に関わる戦場である。 本書は、家庭料理をめぐる学問的な考察と日常的な経験を横断しながら綴られている。それは、一面において科学技術の人類学を専門とする筆者が身につけてきた学問的観点から一九六〇年代から二〇一〇年代に至る家庭料理の変遷を記述するものであるが、社会的・文化的背景を周到に配置することでそれを外側から客観的に分析しようとするものではない。本書における題材の選択や考察の切り口は、前述した筆者に固有の日常的経験によって規定されている。だが、それは一人の生活者としての経験に根ざした主観的な観察に研究者としての知識を添えた学術的エッセイでもない。 本書執筆に先立って、私は一九六〇~二〇一〇年代に刊行された様々なレシピ本を収集し、実際にそれらを参考にしながら多くの料理を作っている。世界各国のマイナーな料理を扱う近年のレシピ本よりも、自分が生まれる前に刊行された料理書のほうが新奇な味に出会うことが多かった。例えば、『江上トミの材料別おかずの手本』(一九七四年、世界文化社)に収められた「小あじのムニエル」は、茹でて裏ごししたジャガイモにバターで炒めた玉ねぎとパセリを混ぜ、生卵を加えて四角に成型してから、背開きにして中骨をとり小麦粉をまぶした小あじに挟んでバターで焼き、茹でたシェルマカロニと輪切りトマトをバターで焼いて添えた料理である。「小あじ、ジャガイモ、トマト」という入手しやすい食材を用いながらもバターを多用した重厚な洋風魚料理であり、焼き付けたトマトのすっぱさとシェルマカロニのもちゃもちゃした触感があわさって大変に美味しい一品となっている。 しかしながら、その「美味しさ」は二〇一〇年代末における筆者の暮らしの中では極めてすわりの悪いものでもあった。手間も時間もかかるわりに見た目は地味だし、副菜や汁物をどうあわせてよいかも分からない。「小あじのムニエル」が御馳走でありえた一九七〇年代前半の状況(高速道路やスーパーによる流通の発展、洋食への憧れ、魚屋の全国的増加など)から遠く離れた現代の食卓において、その味わいはどこか的外れに感じられてしまう。 「小あじのムニエル」を現代風にアレンジすれば、小あじを骨のないサーモンに替え、ジャガイモはレンジで加熱して裏ごしは省き、焼きトマトとシェルマカロニの代わりにミニトマトとベイビーリーフを添え、粒マスタードにマヨネーズを和えたソースをかけた「サーモンのポテトサンド焼き」になるかもしれない(一度試したが調理も簡単で美味しかった)。 だが、この料理は江上レシピのまま何度か食卓に上った。スパイスカレーのような新奇な題材を扱っていても現代に即した調整が施されたレシピと比べて、江上トミの料理には特異な味わいがあり、筆者の暮らしはその味わいを通じて慣れ親しんだものとは異なる諸要素と結びつくことになる。 暮らしも研究も、諸々の要素と多様な関係を結ぶことによって進行する。文献やレシピ本や調理を通じて、筆者は家庭料理をめぐる諸関係の網の目(ネットワーク)をたどってきた。 研究者としても生活者としても、私はそのネットワークに内在しており、外側からそれを客観的に分析することはできない。たしかに、様々な要素と新たな関係をむすぶことを通じてそれらの諸関係を外側から捉える認識は生じる。だが、それは私=観察者が内在するネットワークの運動が産出する一時的な把握に他ならない。新たな関係をたどることで競合する外在的認識が浮上し、それらの齟齬が新たな要素との関係を導く。私が親しんできた現代の家庭料理レシピは多種多様に思われたが、「小あじのムニエル」の特異な味わいに触れることでそれらの均質性が見えてくる。「サーモンのポテトサンド焼き」は簡単で美味しいが、味の広がりは限定されている。その認識は、さらに、細やかな下ごしらえ(小あじの中骨をとって背開きにし、ジャガイモを裏ごしするといった作業)が「料理を美味しくするひと手間」とはされ難くなってきた家庭料理をめぐる諸関係の歴史的変容へ観察者を誘っていく。 このように、本書の記述は、客観的観察や主観的経験に基づくものではなく、関係論的に構成されている。ネットワークに内在する観察者が様々な要素と結びつくことによって、そこで生じる外在的な認識が共立し共振しながら変容し、新たな関係性の組み替えが喚起される。学問的論述でもエッセイでもなく、絶えず両者の狭間を動き続けるような本書の記述に対して、困惑や違和感を覚える読者もいるだろう。そもそも家庭料理をめぐる経験や認識は人によって極めて多様であり、それは「これが一般的な家庭料理だ」という認識自体の差異を伴っている。筆者がたどる諸関係が、読者になじみのある諸関係と完全に一致することはないだろう。取り上げる事柄が断片的だと思われるかもしれないし、記述を通じて浮かびあがる価値判断のいくつかは受け入れがたいと思われるかもしれない。 だが、本書は家庭料理という事象をそのような異議や議論を呼ぶものとして提示するために書かれている。各章のあいだに置かれた「実食! 小林カツ代×栗原はるみレシピ対決五番勝負」もまた、具体的なレシピと筆者や友人たちのコメントを通じて――もちろん共感できる箇所も違和を感じる箇所もあるだろうが――本文の記述と読者の経験を関係づけてもらうためのものである。記述を通じて諸関係が組み替えられ、相異なる価値や倫理が浮上し共立し互いに変容していく。そうしたプロセスを通じて、料理や暮らしや学問をめぐる思考と実践を再考し、再構成していく媒介として本書は読者の前に提示されることになる(前著『ブルーノ・ラトゥールの取説』の読者には意外と思われるだろうが、本書は、同書で構想した方法論、とりわけ終盤で素描した「汎構築主義」をめぐる論点を具体的事例に即して展開したものである)。 「毎日違う料理を作るんだ!」という先輩の宣言から一五年ほど経過した現在、「暮らしは自由にデザインできる」という発想はより一般的になったように思われる。「自己分析」や「拡張現実」や「ライフハック」といった言葉の広まりは、「自己」や「現実」や「生活」が所与の条件(出身地や階級や社会構造など)によって規定されるものとはみなされなくなってきたことを示している。もちろん、そうした条件がまったく影響力を失ったわけではないが、それらを対象化して分析し拡張し改変することによって、私たちはより自由に自分らしく生きていくことができる。こうした発想が普及し称揚され規範化されるにつれて、「生活」は逃れえない必要性の源泉ではなく、自由なデザインの対象として把握されるようになる。 その結果、生活は学問的分析へと接近する。近年ではインターネットやスマートフォンを通じて専門的知識へのアクセスがより簡易化され、客観的な事実だけでなく学問的な視角自体を生活に導入することが容易になってきた。家事の見える化、鍵付きアカウントによる同調圧力への抵抗、消費社会批判としてのミニマリスト的消費。暮らしを対象化しデザインしていく実践において、生活を分析する学問的視角自体が生活の一部に組み込まれる。社会を外側から観察できるはずの社会科学的知は、それ自体が社会の内部に浸透することによってその俯瞰性を失っていく。だが、外在的な知もまた内在的な諸関係の暫定的産出物だと考えれば、知の再帰性を通じた俯瞰性の喪失は諸関係の内在的な組み替えの可能性へと変換される。家庭料理をめぐる諸関係の変遷をたどることによって異なる認識が共立し、それらの対立や摩擦を伴う相互作用が新たな諸関係の組み替えを喚起していく。その運動の只中において、自らの感覚や思考や営為を捉え直し、再構成してもらう踏み台となるために本書は書かれている。 では、記述をはじめよう。 版元から一言 前著『ブルーノ・ラトゥールの取説』(月曜者、2019)で構想した方法論を「家庭料理」という身近で具体的な事柄に即して展開しながら、「暮らしをデザインすること」について問います。 また、江上トミ、土井勝、小林カツ代、栗原はるみ、土井善晴ら著名な料理研究家の系譜も辿りながら、家庭料理60年の栄光と挫折をあぶり出します。 学術論文とエッセイのあいだのような文体と構成になっています。 - 著者プロフィール - 久保明教 (クボアキノリ) (著) 一橋大学社会学研究科准教授。1978年生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科単位取得退学。博士(人間科学)。専攻は、文化/社会人類学。主な著書に、『ブルーノ・ラトゥールの取説ーーアクターネットワーク論から存在様態探求へ』(月曜社、2019年)、『機械カニバリズムーー人類なきあとの人類学へ』(講談社、2018年)、『ロボットの人類学ーー二〇世紀日本の機械と人間』(世界思想社、2015年)など。
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働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話| 松村圭一郎(編), コクヨ野外学習センター(編)
¥2,200
黒鳥社 2021年 B5変型判 - 内容紹介 - 文化人類学者が、それぞれのフィールドで体験した 知られざる場所の知られざる人びとの「働き方」。 それは、わたしたちが知っている「働き方」となんて違っているのだろう。 逆に、わたしたちはなんて不自由な「働き方」をしているのだろう。 狩猟採集民、牧畜民、貝の貨幣を使う人びと、 アフリカの貿易商、世界を流浪する民族、そしてロボット........が教えてくれる、 目からウロコな「仕事」論。 わたしたちの偏狭な〈仕事観・経済観・人生観〉を 鮮やかに裏切り、軽やかに解きほぐす、笑いと勇気の対話集。 ゲスト:柴崎友香/深田淳太郎/丸山淳子/佐川徹/小川さやか/中川理 /久保明教 目次 ◼️巻頭対談 ありえたかもしれない世界について 柴崎友香 + 松村圭一郎 【第1部|働くことの人類学】 貝殻の貨幣〈タブ〉の謎 深田淳太郎 ひとつのことをするやつら 丸山淳子 胃にあるものをすべて 佐川徹 ずる賢さは価値である 小川さやか 逃げろ、自由であるために 中川理 小アジのムニエルとの遭遇 久保明教 【第2部|働くこと・生きること】 2020年11月「働くことの人類学」の特別編として開催されたイベント「働くことの人類学:タウンホールミーティング」。 オンラインで4名の人類学者をつなぎ、参加者xの質問を交えながら「働くこと」の深層へと迫った白熱のトークセッション。デザインシンキングからベーシックインカムまで、いま話題のトピックも満載のユニークな「働き方談義」を完全収録。 深田淳太郎×丸山淳子×小川さやか×中川理 ホスト=松村圭一郎 進行=山下正太郎・若林恵 【論考】 戦後日本の「働く」をつくった25のバズワード 【働くことの図書目録】 仕事と自由をもっと考えるためのブックガイド 松村圭一郎/深田淳太郎/丸山淳子/佐川徹/小川さやか/中川理/久保明教/コクヨ野外学習センター 【あとがき】 これは「発信」ではない 山下正太郎 - 著者プロフィール - 松村圭一郎 (マツムラ ケイイチロウ) (編) エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有と分配、貧困や開発援助、 海外出稼ぎなどについて研究。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『基本の30冊文化人類学』(人文書院)、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)、編著に『文化人類学の思考法』(世界思想社)など。東京ドキュメンタリー映画祭 2018 の短編部門で『マッガビット~雨を待つ季節』、 同映画祭2020の特 集 「映像の民族誌」で『アッバ・オリの一日』が上映される。『ちゃぶ台』で「はじめてのアナキズム」、『群像』で「旋回する人類学」、西日本新聞で「人類学者のレンズ」を連載中。 コクヨ野外学習センター (コクヨヤガイガクシュウセンター) (編) コクヨ ワークスタイル研究所と黒鳥社がコラボレーションして展開するリサーチユニット/メディア。ポッドキャスト番組〈働くことの人類学〉、〈新・雑貨論〉、〈耳の野外学習〉を制作・配信中。https://anchor.fm/kcfr
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フィールド言語学者、巣ごもる。 | 吉岡 乾
¥1,980
創元社 2021年 ソフトカバー 288ページ 四六判 縦188mm 横128mm 厚さ20mm - 内容紹介 - 話題書『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』 著者による、待望の新刊! フィールドへ出られなくなったフィールド言語学者が語る、 最高におもしろい言語学のはなし。 * 著者は、大阪の国立民族学博物館に勤務するフィールド言語学者。パキスタンとインドの山奥で話者人口の少ない言語を調査しているが、2020年は世界規模の新型コロナウイルス感染症蔓延でフィールドへ出られなくなり、長らく「巣ごもり」をすることとなった。本書は、著者がそのような生活の中で、日常に溢れる様々な現象を言語学者目線で眺めて考えたことを綴った言語学エッセイ。世界の多種多様な言語の例を用いながら、言語学の諸分野の知識が親切かつユーモアたっぷりに語られる、最高の知的エンターテイメント。イラスト:朝野ペコ * ●「はじめに」より一部抄録 日常には言語が溢れている。言語が溢れていないところは、人間の居ないところだけだ。 言語学者は言語を食い物にしている。言葉を選ばなければ。だが、その事実を改めて大っぴらにしてしまうと、「危機言語が消滅したら、言語多様性が失われたら、マズいよね!」などと言語学者が幾ら声高に、意識高そうに訴えたところで、「我々の餌がなくなりそうだから、皆も気を付けて!」に聞こえてしまって白々しく響きそうだから、言葉遣いには気を配らなければならない。開けっ広げにそんな言いかたをするのは止そう。ちなみにここでの「我々」は聞き手(あなた)を包括していない。聞き手(あなた)を除外した集合である。 もとい、言語学者は言葉に意識を向けがちである。憖(なまじ)っか言語について考える思考基盤の知識を身に纏ってしまっているため、意図的にその意欲を封じ込めない限り、不図した瞬間、耳目に触れた言葉を、言語学的に矯(た)めつ眇(すが)めつ愛で始めてしまったりするのが、言語学者の多数派である。僕はそう信じている。怠惰な生活態度に定評のありそうな僕ですらそうなんだもの、他の研究者たちはもっと熱心に物思いに耽っているに違いあるまい。 言語学メガネを着用すると、日常の暮らしの中に、隠された一面が伏流のように存在しているのが、さもAR(拡張現実)かの如くに見えてくるのだ。 本書は、フィールド言語学者である僕が、高尚さのかけらもなしに、そんなふうに言語学目線で漫ろに思った日々のアレコレを詰め込んだ一冊となっている。フィールド研究者を謳っていながら、世界規模の新型コロナウイルス感染症蔓延でフィールドに出られなくなり、テレワークも推奨されて、二〇二〇年の春以降は長らく「巣ごもり」をすることとなった。そしてそんな妙な事態になったものだから、時間の余裕ができるかもなどと勘違いして、筆のまにまに書き出したのである。……(以下略) 目次 ※制作中のため、変更が生じる可能性があります。 はじめに 言語学概念図 Ⅰ. ▼言語学が何をして何をしないか 言語学がすること/言語学がしないこと/言語学で夢を見られるか ▼文法のない野蛮な言語を求めて ブルシャスキー語と出合った/そして「文法のない言語」に出合った ▼語学挫折法 ちゃんとした発音を身に付ける/毎日欠かさず続ける/本気になれる動機を作る/語学継続法 ▼喋る猫のファンタジー 猫の言語の研究の古今東西/人語を話す猫を科学する ▼差別用語と言葉狩り 言語表現の曖昧さ/協調性と文脈による支えが理解を絞り込む/「差別用語」という幻想 ▼僕は言葉 私の僕と俺/言葉とキャラ/敬語と距離感/言葉とアイデンティティ/言葉は映りの悪い鏡 Ⅱ ▼日常をフィールド言語学する しがない関西弁のメモ書き/動画配信サイトをフィールドワークする/漫画をフィールドワークする/生の言葉を相手取ってこそ ▼【緊急】リモート調査チャレンジ 「 」研究者/リモート調査の試み ▼翻訳できないことば 翻訳と意味/語彙は構造をなしている/言葉による概念の切り分け/言葉にへばり付いたイメージ/各人の頭の中の百科全書 ▼言語が単一起源ではない理由 生物の樹形図と言語/生命体の化石、言語の化石 ▼淘汰されたプロの喩え話 様々な言い換え表現/見立て・擬え/歴々のミームたち ▼無文字言語の表記法を編み出すには 文字のメリットと、個別に書かれ始める無文字言語/文字化することの難しさ/社会的問題と綴り字の癖と/骨折り損は避けたいので ▼例のあのお方 ハリー・ポッターと例のあのお方/区別する音の違いと借用語への姿勢/ハリー・ポッターと個々のキャラ名/外来語に開拓される発音の幅 Ⅲ ▼どうして文法を嫌うのか ルールは類推を可能にし、表現力を爆増させる/新表現を書き散らかす/深掘りで文法は面白くなりだす ▼軽率に主語を言えとか言う人へ 主語とは何か/助詞の「が」が付いたものは?/主語でも主格でもない、主題 ▼意味と空気 意味とは何かを考える/意味以外の意味 ▼語とは何か 通言語的な「語」の定義/「猫が鳴く」の語数は?/音韻的な側面から/分離のし易さ・し難さを考慮する/結局、「語」とは何か ▼ことばの考古学 どうやって言語を手掛かりとするか(一)/どうやって言語の手掛かりを発掘するか/どうやって言語を手掛かりとするか(二) ▼日本語はこんなにも特殊だった 日本語は平凡である/日本語は平凡とも稀有とも言い難い/日本語は稀有である ▼なくなりそうな日本のことば 琉球諸語は日本語とは別の言語なのか/話題に上がることの少ないもう一つの言語/日本の大きい言語から小さい言語まで/冒頭から僕は「日本で話されている言葉」と言っていた おわりに 言語解説 参考文献 - 著者プロフィール - 吉岡 乾 (ヨシオカ ノボル) (著/文) 国立民族学博物館准教授。専門は記述言語学。博士(学術)。1979年12月、千葉県船橋市生まれ。2012年5月、東京外国語大学大学院博士課程単位取得退学。同9月に博士号取得。博士論文の題は「A Reference Grammar of Eastern Burushaski」。2014年より、現職。 大学院へ進学した2003年よりブルシャスキー語の研究を開始し、その後、パキスタン北西部からインド北西部に亙る地域で、合わせて7つほどの言語を、記述的に調査・研究している。著書に『なくなりそうな世界のことば』『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』(ともに創元社)。
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現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。 | 吉岡 乾
¥1,980
創元社 2021年 ソフトカバー 304ページ 四六判 - 内容紹介 - ブルシャスキー語、ドマーキ語、コワール語、カラーシャ語、カティ語、ドマー語、シナー語……。 文字のない小さな言語を追って、パキスタン・インドの山奥へ――。 著者は国立民族学博物館に勤務するフィールド言語学者。パキスタンとインドの山奥で、ブルシャスキー語をはじめ、話者人口の少ない七つの言語を調査している。調査は現地で協力者を探すことに始まり、谷ごとに異なる言語を聞き取り、単語や諺を集め、物語を記録するなど、その過程は地道なものである。現地の過酷な生活環境に心折れそうになりつつも、独り調査を積み重ねてきた著者が、独自のユーモアを交えつつ淡々と綴る、思索に満ちた研究の記録。 目次 もくじ 地図・言語分布図 調査地へのアクセス 0 遥かなる言葉の旅、遥かなる感覚の隔たり 表記と文字のこと 1 フィールド言語学は何をするか インフォーマント探し ブルシャスキー語 系統不明の凡庸なことば PCOからスマホへ 物語が紐解くは 異教徒は静かに暮らしたい ブルシャスキー語の父(笑) ドマーキ語 諺も消えた インドへ行って、引き籠もりを余儀なくされる 2 好まれる「研究」と、じれったい研究 バックパッカーと研究者 コワール語 名詞は簡単で動詞は複雑? 文字のないことば カラーシャ語 アバヨー! 舌の疲れることば フンザ人からパキスタン人へ 言語系統と言語領域 カティ語 挨拶あれこれ 3 なくなりそうなことば ドマー語、最後の話者 動物と暮らす シナー語 街での調査は難しい 出禁村 ジプシー民話 カシミーリー語 変り種の大言語 500ルピーばあさん ウルドゥー語 インフォーマントの死 「はじめに」 あとがきに代えて 参考文献 - 著者プロフィール - 吉岡乾(よしおか・のぼる) 国立民族学博物館准教授。専門は記述言語学。博士(学術)。1979年12月、千葉県船橋市生まれ。2012年5月、東京外国語大学大学院博士課程単位取得退学。同9月に博士号取得。博士論文の題は「A Reference Grammar of Eastern Burushaski」。2014年より、現職。 大学院へ進学した2003年よりブルシャスキー語の研究を開始し、その後、パキスタン北西部からインド北西部に亙る地域で、合わせて7つほどの言語を、記述的に調査・研究している。著書に『なくなりそうな世界のことば』(創元社)。
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はみだしの人類学 ともに生きる方法|松村 圭一郎
¥737
NHK出版 2020年 ソフトカバー 120ページ A5判 - 内容紹介 - 「わたし」と「あなた」のつながりをとらえ直す そもそも人類学とは、どんな学問なのか。「わたし」を起点に考える「つながり方」とは何か? 「直線の生き方と曲線の生き方」「共感と共鳴のつながり」……。「違い」を乗りこえて生きやすくなるために。「人類学のきほん」をもとに編み出した、これからの時代にこそ必要な「知の技法」のすすめ。 第1章 「つながり」と「はみだし」 第2章 「わたし」がひらく 第3章 ほんとうの「わたし」とは? 第4章 差異とともに生きる 目次 第1章 「つながり」と「はみだし」 第2章 「わたし」がひらく 第3章 ほんとうの「わたし」とは? 第4章 差異とともに生きる - 著者プロフィール - 松村 圭一郎 (マツムラ ケイイチロウ) (著/文) 1975年、熊本県生まれ。京都大学総合人間学部卒。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。岡山大学文学部准教授。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有と分配、貧困や発援助、海外出稼ぎなどについて研究。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院)、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社、毎日出版文化賞特別賞)、『これからの大学』(春秋社)、共編著に『文化人類学の思考法』(世界思想社)がある。
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くらしのアナキズム | 松村圭一郎
¥1,980
ミシマ社 2021年 ソフトカバー 240ページ 四六判 縦188mm 横128mm 厚さ19mm - 内容紹介 - 国家は何のためにあるのか? ほんとうに必要なのか? 「国家なき社会」は絶望ではない。 希望と可能性を孕んでいる。 よりよく生きるきっかけとなる、 〈問い〉と〈技法〉を 人類学の視点からさぐる。 本書でとりあげる「人類学者によるアナキズム論」とは… ・国家がなくても無秩序にならない方法をとる ・常識だと思い込んでいることを、本当にそうなのか? と問い直す ・身の回りの問題を自分たちで解決するには何が必要かを考える アナキズム=無政府主義という捉え方を覆す、画期的論考! *** この本で考える「アナキズム」は達成すべき目標(・・)ではない。むしろ、この無力で無能な国家のもとで、どのように自分たちの手で生活を立てなおし、下から「公共」をつくりなおしていくか。「くらし」と「アナキズム」を結びつけることは、その知恵を手にするための出発点(・・・)だ。(「はじめに」より) *** ミシマ社創業15周年記念企画 目次 はじめに 国家と出会う 第一章 人類学とアナキズム 第二章 生活者のアナキズム 第三章 「国家なき社会」の政治リーダー 第四章 市場(いちば)のアナキズム 第五章 アナキストの民主主義論 第六章 自立と共生のメソッド――暮らしに政治と経済をとりもどす おわりに - 著者プロフィール - 松村圭一郎 (マツムラケイイチロウ) (著/文) 1975年熊本生まれ。岡山大学文学部准教授。専門は文化人類学。所有と分配、海外出稼ぎ、市場と国家の関係などについて研究。著書に『うしろめたさの人類学』(ミシマ社、第72回毎日出版文化賞特別賞)、『はみだしの人類学』(NHK出版)、『これからの大学』(春秋社)など、共編著に『文化人類学の思考法』(世界思想社)、『働くことの人類学』(黒鳥社)。
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<定本> 災害ユートピア | レベッカ・ソルニット, 高月 園子(翻訳)
¥2,860
亜紀書房 2020年 ソフトカバー 508ページ - 内容紹介 - ロングセラー、待望の完全版刊行! 旧版での抄録部分、原注などを完全収録し、70ページに上る増補でおくる決定版。 解説「レベッカ・ソルニットを読み解く」(渡辺由佳里)も新たに収録。 ブレイディみかこ氏、推薦! 「エリートがビビッて失敗するとき、地べたは生き生きと機能し始める」 大地震、大洪水、巨大なテロ……私たちの日常に裂け目が入るとき、そこにはいつもユートピアが出現した。 災害時になぜ人々は無償の行為を行うのか? そのとき、なぜエリートはパニックを起こし、人びとは自発的な秩序をつくり上げるのか? 1906年のカリフォルニア大地震から、ニューオーリンズの巨大ハリケーン、9.11テロまで、危機の最中に現れる人々の自発的な相互扶助のメカニズムを追った、珠玉のノンフィクション。 目次 プロローグ 地獄へようこそ 第1章 ミレニアムの友情:サンフランシスコ地震 第2章 ハリファックスからハリウッドへ:大論争 第3章 カーニバルと革命:メキシコシティ大地震 第4章 変貌した都市:悲嘆と栄光のニューヨーク 第5章 ニューオリンズ:コモングラウンドと殺人者 エピローグ 廃墟の中の入り口 謝辞 解説「レベッカ・ソルニットを読み解く」 渡辺由佳里 原注 著者プロフィール レベッカ・ソルニット (レベッカ ソルニット) (著/文) 1961年生まれ。作家・歴史家・アクティヴィスト。カリフォルニア州に育ち、環境問題や人権、反戦などの政治運動に参加。1988年より文筆活動を始め、『River of Shadows: Eadweard Muybridge and the Technological Wild West』で全米批評家協会賞、マーク・リントン歴史賞を受賞。邦訳書に『説教したがる男たち』『ウォークス』『迷うことについて』(共に左右社)、『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など多数。 高月 園子 (タカツキ ソノコ) (翻訳) 翻訳者・エッセイスト。東京女子大学文ア理学部卒業。英国在住歴25年。訳書にB・ゴート/Mゴート『5歳からの哲学』、P・ジンバルドー/N・クローン『男子劣化社会』(共に晶文社)、G・L・スチュワート/S・ムスタファ『殺人鬼ゾディアック』 (亜紀書房)、R・スチュワート『戦禍のアフガニスタンを犬と歩く』(白水社)など多数。著書に『ロンドンはやめられない』(新潮文庫)など。
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江戸の読書会 | 前田 勉
¥1,760
平凡社 2018年 ソフトカバー 448ページ B6変型判 - 内容紹介 - 江戸時代後期に始まった「会読」。複数の人間が集まって同じ書物を読み議論したり、共に翻訳作業などを行った共読法です。 当時の私塾や藩校で採用され、主に儒学の教授法として使われたといいます。 本書では、そもそも何故江戸時代に儒学が広く学ばれるようになったのかというところから、その後の明治維新に繋がる精神の発展まで、興味深く掘り下げています。
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人類堆肥化計画 | 東 千茅
¥1,870
創元社 2020年 ソフトカバー 256ページ 縦178mm 横128mm 厚さ19mm - 内容紹介 - 潔癖文化に抑圧された腐爛の分解世界を、艶やかに解放する実践の書。 ――藤原辰史(歴史研究者) 東千茅氏は、私が文学でやりたかったことを背徳の里山でやりまくっている極悪人だ! ――吉村萬壱(小説家) 生きることの迫真性を求めて、都会から奈良の里山へ移り住んだ若き農耕民が構想する、生き物たちとの貪欲で不道徳な共生宣言。一般に禁欲や清貧といった観念に結び付けられている里山を、人間を含む貪欲な多種たちの賑やかな吹き溜まりとして捉え直し、人間と異種たちとの結節点である堆肥を取り上げながら、現代社会において希釈・隠蔽されている「生の悦び」を基底から問い直す。本当に切実な問いと、根底を目指す思考とを、地についた生活に支えられた文章で表した、読む人に鮮烈な印象を与える第一著作。 「もとよりわたしは何者でもなく、何者かであろうとも思わない。当然、守るべき社会的立場など持ち合わせていない。しかし、だからこそ語りうる言葉があると思う。わたしは何の実績もない無名の落後者に違いないが、土の上では誰でも一匹の生き物なのであり、地位や肩書はかえって邪魔なものだ。わたしがつねに求めているのは、お行儀のいい言説ではなく、「ほんとうに切実な問いと、根底を目指す思考と、地についた方法」だけである。」(あとがきより) 目次 はじめに 登場生物 腐臭を放つ 腐敗の先の里山生活 腐っている里山 氷砂糖も欲しがる 一三八億年の蕩尽 春 堆肥へ 自己堆肥化願望 欣求壌土 生物学的腐敗と道徳的腐敗 腐爛生体 夏 世界に逆らう 着陸する 移り住む 紛れ込む 森下さんとのあれこれ 秋 〈土〉への堕落 生前堆肥 伝染する堆肥男 扉を開く 寝転ぶ 甘やかす 同じ穴の貉たちを愛しぬく 希望の闇のほうへ 冬 おわりに 著者プロフィール 東 千茅 (アズマ チガヤ) (著/文) 東 千茅(あづま・ちがや) 農耕者、里山制作団体「つち式」主宰。一九九一年三月、大阪府生まれ。二〇一五年、奈良県宇陀市大宇陀に移り住み、ほなみちゃん(稲)・ひだぎゅう(大豆)・ニック(鶏)たちと共に里山に棲息。二〇二〇年、棚田と連続する杉山を雑木山に育む二百年計画「里山二二二〇」を開始する。著書に『つち式 二〇一七』(私家版 二〇一八)、「『つち式 二〇一七』著者解題」(『たぐいvol.1』亜紀書房、共著 二〇一九)。
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ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語|品田 遊, コルシカ(イラスト)
¥1,956
イースト・プレス 2018年 ソフトカバー 232ページ 四六変型判 - 内容紹介- 〈世界人口78億人突破!〉 どう滅ぼすか、みんなで一緒に考えよう!!!!!! ダ・ヴィンチ・恐山、小説家として待望の帰還!! 突如降誕した魔王と、集められた10人の人間たち。 読む者の“道徳”を揺さぶる、話し合いの幕が開く。 【あらすじ】 全能の魔王が現れ、10人の人間に「人類を滅ぼすか否か」の議論を強要する。結論が“理”を伴う場合、それが実現されるという。人類存続が前提になると思いきや、1人が「人類は滅亡すべきだ」と主張しはじめ……!? 著者プロフィール 品田 遊 (シナダユウ) (著/文) 東京都出身。作家。 著者に『止まりだしたら走らない』(リトルモア)、『名称未設定ファイル』(キノブックス)がある。 「ダ・ヴィンチ・恐山」名義で、株式会社バーグハンバーグバーグ運営の「オモコロ」などの幅広い媒体でライターとしても活動中。 上記内容は本書刊行時のものです。
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世界を変えた50人の女性科学者たち|レイチェル・イグノトフスキー, 野中 モモ(翻訳)
¥1,980
創元社 2018年 ハードカバー 128ページ A4変型判 縦235mm 横198mm 厚さ17mm - 内容紹介 - 「有名な科学者といえば?」――エジソン、アインシュタイン、ダヴィンチ、ニュートン……。数ある人物のなかで、女性の名前が挙がるのは「キュリー夫人」くらいではないでしょうか。 しかし、こんにち私たちが当たり前のように知っている科学的理論や発見、発明の裏では、実は多くの女性科学者が活躍していたのです。 例えば、世界で初めて魚竜や首長竜の完全な頭蓋骨を発掘したのは、化石ハンターの少女メアリー・アニングでした。 リリアン・ギルブレスの人間工学的なレイアウトは、現代の多くのシステムキッチンや労働空間のデザインに採用されています。 コンピュータがまだ一般的でなかった時代、人種や性別による差別にも負けず、人類を宇宙へ送るNASAの宇宙計画を成功に導いたのは、キャサリン・ジョンソンの計算力でした。 またヴェラ・ルービンは、銀河系が回転していることを発見し、宇宙を満たしているという「暗黒物質(ダーク・マター)」の存在を仮定しました。 そのほか、XY染色体を発見したのも、その末端にテロメアをがあることも、DNAのらせん構造を証明する決定的な写真を撮影したのも、みな女性の科学者でした。 本書は、科学・技術・工学・数学(STEM)の分野で世界を変えるような素晴らしい業績を残しながら、これまで歴史の陰に隠れがちだった女性科学者50人にスポットをあて、その驚くべき研究成果やバイタリティあふれる人生の一部を、チャーミングなイラストとともに紹介します。 愛らしいイラストを手がけたのは、アメリカの新進気鋭のイラストレーター、レイチェル・イグノトフスキー。厳しいサイエンスの世界をひた走るヒロインたちを、その業績だけでなく、人間的な魅力を引き出しながら描き上げています。 ここに登場する50人はみな、女性が教育を受けたり、男性に混じって仕事をすることすら制限されていた時代にも、常識を打ち破り、差別や困難と闘い、世紀の大発見や研究をなしとげた人たちです。 周囲から「だめだ」と言われても「できるものなら止めてみなさい」とばかりに諦めなかった女性科学者の姿は、若きリケジョのみならず、壁に立ち向かいひたむきに夢を追うすべての人の背中を押してくれるはずです。 <本書の見どころ> ●古代から現代まで、世界を変えるような偉業をなしとげたトップクラスの女性科学者50人(+α)を紹介 ●研究成果からプライベートな一面まで、トリビアもたっぷり。魅力あふれる女性科学者の人生の物語を簡潔に学べます ●アメリカ出身の若手女性イラストレーターによる可愛いイラストが満載。ビジュアルブックとしても楽しめます ●研究室の道具一覧や科学単語集、科学年表など、楽しいコラムも収録 ●原則として小学5年生以上で習う漢字にルビつき。若い科学者のたまごを応援します 目次 <おもな目次> ヒュパティア(天文学者、数学者、哲学者/ローマ帝国) マリア・ジビーラ・メーリアン(科学イラストレーター、昆虫学者/ドイツ) 王貞儀(天文学者、詩人、数学者/中国) メアリー・アニング(化石コレクター、古生物学者/イギリス) エイダ・ラヴレス(数学者、作家/イギリス) エリザベス・ブラックウェル(医師/イギリス) ハータ・エアトン(エンジニア、数学者、発明家/イギリス) ネッティー・スティーヴンズ(遺伝学者/アメリカ) フローレンス・バスカム(地質学者、教育者/アメリカ) マリー・キュリー(物理学者、化学者/ポーランド) メアリー・アグネス・チェイス(植物学者、女性参政権活動家/アメリカ) ●歴史年表 リーゼ・マイトナー(物理学者/オーストリア) リリアン・ギルブレス(心理学者、産業技術者/アメリカ) エミー・ネーター(数学者、理論物理学者/ドイツ) イーディス・クラーク(電気エンジニア/アメリカ) カレン・ホーナイ(精神分析医/ドイツ) マージョリー・ストーンマン・ダグラス(文筆家、環境保護活動家/アメリカ) アリス・ボール(化学者/アメリカ) ゲルティ・コリ(生化学者/現チェコ) ジョーン・ビーチャム・プロクター(動物学者/イギリス) セシリア・ペイン=ガポーシュキン(天文学者、宇宙物理学者/イギリス) バーバラ・マクリントック(細胞遺伝学者/アメリカ) マリア・ゲッパート=メイヤー(理論物理学者/アメリカ) グレース・ホッパー(海軍准将、コンピュータ科学者/アメリカ) レイチェル・カーソン(海洋生物学者、環境保護活動家、作家/アメリカ) ●実験のための器具 リータ・レーヴィ=モンタルチーニ(神経科医、イタリア元老院議員/イタリア) ドロシー・ホジキン(生化学者、X線結晶学者/イギリス) 呉健雄(実験物理学者/アメリカ) ヘディ・ラマー(発明家、映画女優/オーストリア) マミー・フィップス・クラーク(心理学者、公民権活動家/アメリカ) ガートルード・エリオン(薬理学者、生化学者/アメリカ) キャサリン・ジョンソン( 物理学者、数学者/アメリカ) ジェーン・クーク・ライト(腫瘍学者/アメリカ) ロザリンド・フランクリン(化学者、X線結晶学者/イギリス) ロザリン・ヤロー(医学物理学者/アメリカ) エスター・レダーバーグ(微生物学者/アメリカ) ●統計で見るSTEM ヴェラ・ルービン(天文学者/アメリカ) アニー・イーズリー(コンピュータプログラマー、数学者、ロケット科学者/アメリカ) ジェーン・グドール(霊長類学者、動物行動学者、人類学者/イギリス) シルヴィア・アール(海洋生物学者、探検家、潜水技術者/アメリカ) ワレンチナ・テレシコワ(エンジニア、宇宙飛行士/ソ連) パトリシア・バス(眼科医、発明家/アメリカ) クリスティアーネ・ニュスライン=フォルハルト(生物学者/ドイツ) カティア・クラフト(地質学者、火山学者/フランス) ジョスリン・ベル・バーネル(天体物理学者/イギリス) 呉秀蘭(素粒子物理学者/中国・アメリカ) エリザベス・ブラックバーン(分子生物学者/アメリカ) メイ・ジェミソン(宇宙飛行士、教育者、医師/アメリカ) マイブリット・モーセル( 心理学者、神経科学者/ノルウェー) マリアム・ミルザハニ (数学者/イラン) ●まだまだいる女性科学者たち イレーヌ・ジョリオ=キュリー(原子物理学者/フランス) ジャナキ・アマル(植物学者/インド) アンナ・ジェーン・ハリソン(化学者/アメリカ) シャーリー・アン・ジャクソン(物理学者/アメリカ) リンダ・バック(生物学者/アメリカ) フランソワーズ・バレ=シヌシ(ウイルス学者/フランス) マリア・ミッチェル(天文学者/アメリカ) エミリー・ローブリング(土木技術者/アメリカ) ソフィア・コワレフスカヤ(数学者/ロシア) メアリー・リーキー(考古学者/イギリス) イーディス・フラニガン(化学者/アメリカ) アダ・ヨナス(結晶学者/イスラエル) サリー・ライド(宇宙飛行士/アメリカ) テシー・トーマス(エンジニア/インド) ●用語集 ●索引 - 著者プロフィール - レイチェル・イグノトフスキー(Rachel Ignotofsky) アメリカ・ニュージャージー出身、カンザス在住の若手女性イラストレーター。2011年にアート・グラフィックデザインの専門学校タイラー校を優秀な成績で卒業し、その後は特に歴史や科学、また教育、ジェンダーなどをテーマにしたイラストを多く描いている。著書に『Women in Sports』『I love Science』(いずれも10 Speed Press)がある。 野中モモ(のなか・もも) 翻訳者・ライター。訳書にクリスティン・マッコーネル『いかさまお菓子の本』(国書刊行会、2017年)、ルピ・クーア『ミルクとはちみつ』(アダチプレス、2017年)、ロクサーヌ・ゲイ『バッド・フェミニスト』(亜紀書房、2017年)、ダナ・ボイド『つながりっぱなしの日常を生きる』(草思社、2014年)など。著書に『デヴィッド・ボウイ』(筑摩書房、2017年)。共編著書に『日本のZINEについて知ってることすべて』(誠文堂新光社、2017年)。
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歴史を変えた50人の女性アスリートたち|レイチェル・イグノトフスキー, 野中 モモ(翻訳)
¥1,980
創元社 2019年 ハードカバー 128ページ A4変型判 縦235mm 横198mm 厚さ17mm - 内容紹介 - 「女は弱い!」としめ出されていた近代スポーツ界に飛びこみ、圧倒的な能力と粘り強さで記録と歴史をぬりかえてきた女性アスリート50人にスポットをあて、その驚くべき成績やバイタリティあふれる人生をチャーミングなイラストとともに紹介します。 女性には不可能だと言われてきたことの誤りを、鍛えぬいた身体と不屈の精神で堂々と証明したヒロインたちの姿は、若きアスリートのみならず、自分の限界をこえたいと願うすべての人を励ましてくれます。 <本書の見どころ> ●近代スポーツの歴史を切り拓いてきた、パワフルな女性アスリート50人(+α)を紹介 ●競技成績からプライベートな一面まで、エネルギーに満ちた女性アスリートたちの人生の物語を簡潔に学べます ●若手女性イラストレーターによるおしゃれなイラストが満載。ビジュアルブックとしても楽しめます ●歴史年表や筋肉解剖学、男女間の報酬とメディア格差統計など、図解コラムも充実 ●本文のおもな漢字にルビつき。未来のアスリートを応援します ●日本版だけの描きおろしイラストも多数収録! <こんな人が載っています> ガートルード・エダール(長距離水泳選手)、福田敬子 (柔道家)、トニ・ストーン(野球選手)、田部井淳子 (登山家)、ジョディ・コンラッド (バスケットボール監督)、ビリー・ジーン・キング (テニス選手)、フロー・ハイマン (バレーボール選手)、スーザン・ブッチャー (犬ぞり操縦者)、ナディア・コマネチ (体操選手)、アンジャリ・バグワット (射撃選手)、シャンタル・プチクレール (車いす陸上競技選手) 、キム・スニョン (アーチェリー選手) 、クリスティ・ヤマグチ (フィギュアスケート選手)、ミア・ハム (サッカー選手)、セリーナ・ウィリアムズ (テニス選手)、ニコラ・アダムズ (ボクサー)、マリアナ・パホン (BMX自転車選手)、シモーネ・バイルズ (体操選手)など… 目次 False - 著者プロフィール - レイチェル・イグノトフスキー(Rachel Ignotofsky) アメリカ・ニュージャージー出身、カンザス在住の若手女性イラストレーター。2011年にアート・グラフィックデザインの専門学校タイラー校を優秀な成績で卒業し、その後は特に歴史や科学、また教育、ジェンダーなどをテーマにしたイラストを多く書いている。著書に「Women in Science」「I love Science」「PLANET EARTH」(いずれも10 Speed Press)がある。 野中モモ(のなか・もも) 翻訳者・ライター。訳書にロクサーヌ・ゲイ『飢える私 ままならない心と体』(亜紀書房、2019年)、レイチェル・イグノトフスキー『世界を変えた50人の女性科学者たち』(創元社、2018年)、ダナ・ボイド『つながりっぱなしの日常を生きる ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』(草思社、2014年)など。著書に『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』(筑摩書房、2017年)、共編著書に『日本のZINEについて知ってることすべて 同人誌、ミニコミ、リトルプレス 自主制作出版史1960 ~ 2010年代』(誠文堂新光社、2017年)がある。
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今和次郎 思い出の品の整理学|今和次郎
¥1,540
平凡社 2019年 ハードカバー 224ページ B6変型判 - 内容紹介 - 考現学は未来を考える立場だ──。ジャンパーを着て日本中を歩き回り、民家、服装、都市文化、世相など現代風俗研究に前人未到の足跡を遺した第一人者が綴る生活者の視線。栞執筆=村上慧(美術家、『家をせおって歩く』著者) (目次) 鈍才先生 * 考現学とは何か ユニホーム以前のこと 「考現学」が破門のもと 下宿住み学生持物調べ(2) 物品交換所調べ * 民家の旅 雪国の民家 物干竿 子ども部屋不要論 カマド道楽 室内というものの現実 景色買い * 郊外・街路・書斎 早稲田村繁昌記 風俗は動く うつりかわり 学ぶ態度と教える技術 人づくりの哲学 ジャンパーを着て四〇年 坑内帽 結婚披露の会での演説
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私たちはどのような世界を想像すべきか|東京大学東アジア藝文書院 編
¥2,720
トランスビュー 2021年 ソフトカバー 360ページ 四六判 - 内容紹介 - 災害、疫病、環境、科学技術、宗教…… 不確実な時代において、 30年後の未来を考えるために 〈世界〉と〈人間〉を学問の最前線から捉え直す11講 第1講 「人新世」時代の人間を問う——滅びゆく世界で生きるということ…………田辺明生 第2講 世界哲学と東アジア…………中島隆博 第3講 小説と人間——Gulliver’s Travelsを読む…………武田将明 第4講 30年後を生きる人たちのための歴史…………羽田正 第5講 脳科学の過去・現在・未来…………四本裕子 第6講 30年後の被災地、そして香港…………張政遠 第7講 医療と介護の未来…………橋本英樹 第8講 宗教的/世俗的ディストピアとユマニスム…………伊達聖伸 第9講 「中国」と「世界」——どこにあるのか…………石井剛 第10講 AI時代の潜勢力と文学…………王欽 第11講 中動態と当事者研究——仲間と責任の哲学…………國分功一郎・熊谷晋一郎
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ひび割れた日常 人類学・文学・美学から考える | 伊藤 亜紗, 奥野 克巳, 吉村 萬壱
¥1,760
亜紀書房 2020年 四六変型判 192ページ - 内容紹介 - 未曾有の危機を前にして、私たちは「何を考えればよいのか」を見失ってしまった――。 「人間の想像力の果て」からやってきたウイルスによって、我々の日常に無数のひびが走った。 消せない不安と変化を余儀なくされた日々の営みを前に、思考の足場をどこに築けば良いのか。 生命、自然、生と死、共生と敵対。 いま浮上する課題をめぐって、三人の異才がアイディアを持ち寄り、変奏し、問いを深めていくリレーエッセイ。 目次 Ⅰ ・はじめに――禍の街から、生命と自然のゆくえを見つめる ・ウイルスは我々に何を伝えに来たのか ・植物の時間 ・足し算的時間と合理のひび割れ ・元の日常という脅威 ・人間の体と植物の体 ・〈凝固した日常〉を突き刺すもの ・被造物の底 ・体を失う日 ・「いる」の喪失とは何か? ・死の無力さと分身の持つ力 ・コロナさん ・ようこそコロナちゃん ・聖なるもの ・垂直の家族、水平の家族 ・コロナとはうまくやっていけるかもしれないが、人間同士ではそうではないのかもしれない ・ヒトと人 ・グラブとアンパン ・アニミズム思考のほうへ ・二つの小説 ・意味の非人間性 ・覚知される世界、コロナの迷い ・堆肥男 ・胎盤とバースデーケーキ Ⅱ リレーエッセイを終えて ・生の全体性を取り戻す ・帯状疱疹ウイルスと私 ・想像力の果てからやってきた使者 ひび割れた日常を生きるためのブックガイド - 著者プロフィール - 伊藤 亜紗 (イトウ アサ) (著/文) 1979年生まれ。東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター、リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。2010年に東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻美学芸術学専門分野博士課程を単位取得のうえ退学。同年、博士号を取得(文学)。 主な著作に『手の倫理』(講談社メチエ)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)など。WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017、第13回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody 賞(2020)受賞。 奥野 克巳 (オクノ カツミ) (著/文) 1962年生まれ。20歳でメキシコ・シエラマドレ山脈先住民テペワノの村に滞在し、バングラデシュで上座部仏教の僧となり、トルコのクルディスタンを旅し、インドネシアを一年間経巡った後に文化人類学を専攻。1994~95年に東南アジア・ボルネオ島焼畑民カリスのシャーマニズムと呪術の調査研究、2006年以降、同島の狩猟民プナンとともに学んでいる。現在、立教大学異文化コミュニケーション学部教授。 著作に、『モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと』、『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(以上、亜紀書房)、『マンガ人類学講義』など多数。共訳書に、エドゥアルド・コー ン著『森は考える』、レーン・ウィラースレフ著『ソウル・ハンターズ』、ティム・ インゴルド著『人類学とは何か』(以上、亜紀書房)など。 吉村 萬壱 (ヨシムラ マンイチ) (著/文) 1961年愛媛県生まれ、大阪府育ち。1997年、「国営巨大浴場の午後」で京都大学新聞社新人文学賞受賞。2001年、『クチュクチュバーン』で文學界新人賞受賞。2003年、『ハリガネムシ』で芥川賞受賞。2016年、『臣女』で島清恋愛文学賞受賞。 最新作に『出来事』(鳥影社)。
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ポストコロナ期を生きるきみたちへ | 内田樹編, 斎藤幸平, 青木真兵ほか
¥1,760
晶文社 2020年 ソフトカバー 312ページ 四六判 312ページ - 内容紹介 - コロナ・パンデミックによって世界は変わった。グローバル資本主義の神話は崩れ、医療や教育などを「商品」として扱ってはならないことがはっきりし、一握りの超富裕層の一方で命を賭して人々の生活を支える多くのエッセンシャルワーカーが貧困にあえぐ構図が明らかとなった。私たちは今、この矛盾に満ちた世界をどうするかの分岐点にいる。この「歴史的転換点」以後を生きる中高生たちに向けて、5つの世代20名の識者が伝える「生き延びるための知恵」の数々。知的刺激と希望に満ちたメッセージ集。 こんなに誠実な大人たちから、地球を引き継げるワクワクをあなたへ。 ──山邊鈴(長崎県立諫早高校3年/「この割れ切った世界の片隅で」作者) 「ウイルス一つによって、わずか数ヵ月の間に、ほんの昨日までこの世界の「常識」だと思われていたことのいくつかが無効を宣告されました。それがどのような歴史的な意味を持つことになるのか、人々はまだそのことを主題的には考え始めてはいません。日々の生活に追われて、そんな根源的なことを考える暇がありませんから。でも、中高生たちはこの「歴史的転換点」以後の世界を、これから長く生きなければなりません。彼らに「生き延びるために」有益な知見や情報を伝えることは年長者の義務のひとつだと僕は思います」(まえがきより) 【目次】 まえがき 内田樹 ■1 Letters from around 30 ポストコロナにやってくるのは気候危機 斎藤幸平 楽しい生活──僕らのVita Activa 青木真兵 これからの反乱ライフ えらいてんちょう ■2 Letters from over 40 君がノートに書きつけた一編の詩が芸術であること 後藤正文 技術と社会──考えるきっかけとしての新型コロナ危機 白井聡 「タテ、ヨコ、算数」の世界の見方 岩田健太郎 支援の現場から考える、コロナ後の世界 雨宮処凛 「大学の学び」とは何か──「人生すべてがコンテンツ」を越えて 増田聡 ■3 Letters from over 50 コロナで明らかになった日本の最も弱い部分──対話・エンパシー・HOME 平田オリザ コロナ禍と人間──私たちはどう生きるのか 想田和弘 台風とコロナ・パンデミックは同じか? 俞炳匡 図太く、しぶとく、生きてゆけ──誰も正解を知らない問題にどう答えを出すか 山崎雅弘 ■4 Letters from over 60 医療が無料であること 三砂ちづる 人生100年時代、ポストコロナはダブルメジャーで 仲野徹 メメント・モリ──思いがけない出会いに開かれているために 中田考 ディレンマの知性 釈徹宗 ■5 Letters from over 70 ポストコロナ期における雇用について 内田樹 自分に固有の問題を考えること 池田清彦 コロナと価値のものさし 平川克美 マスクについて 鷲田清一 目次 まえがき 内田樹 ■1 Letters from around 30 ポストコロナにやってくるのは気候危機 斎藤幸平 楽しい生活──僕らのVita Activa 青木真兵 これからの反乱ライフ えらいてんちょう(矢内東紀) ■2 Letters from over 40 君がノートに書きつけた一編の詩が芸術であること 後藤正文 技術と社会──考えるきっかけとしての新型コロナ危機 白井聡 「タテ、ヨコ、算数」の世界の見方 岩田健太郎 支援の現場から考える、コロナ後の世界 雨宮処凛 「大学の学び」とは何か──「人生すべてがコンテンツ」を越えて 増田聡 ■3 Letters from over 50 コロナで明らかになった日本の最も弱い部分──対話・エンパシー・HOME 平田オリザ コロナ禍と人間──私たちはどう生きるのか 想田和弘 台風とコロナ・パンデミックは同じか? 俞炳匡 図太く、しぶとく、生きてゆけ──誰も正解を知らない問題にどう答えを出すか 山崎雅弘 ■4 Letters from over 60 医療が無料であること 三砂ちづる 人生100年時代、ポストコロナはダブルメジャーで 仲野徹 メメント・モリ──思いがけない出会いに開かれているために 中田考 ディレンマの知性 釈徹宗 ■5 Letters from over 70 ポストコロナ期における雇用について 内田樹 自分に固有の問題を考えること 池田清彦 コロナと価値のものさし 平川克美 マスクについて 鷲田清一